絵画の保存修理における基本方針 取り戻された本来の姿

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ところで、「寒山図」は修理によって失われたものばかりしかないのでしょうか?もう少し詳しく見てみましょう。

すると、気づきにくいのですが、画面全体に見えた折れが空間をわかりにくくしていたように、古びた趣があるために、画家の生み出した表現を抑えて閉まっていた側面がこの簡略な「寒山図」にも有りました。その一つは、速度のある運筆が生み出した翻る(ひるがえる)ような線の動きです。特に下半身の後方になびく襟袖の千は、この絵が日本の絵でなく、中国人の筆墨感覚である事を物語っています。鋭くかつのびやかにで強靭な線質、抑揚は華やかで、美しい流動感ある線描は、折れがあることで見えにくくなっていたのです。また、紐の先と襟袖が後方に大きくなびく様は寒山の足元を一陣の風が吹き抜けたことを示しています。線の流麗さと風の表現は折れに阻(はば)まれてしまっていたのです。

次に、この絵の大陸的な大きさは、顔を拡大するとはっきりしてきます。これは、日本的なつまり優しくて気の良い老人などではなく、中国的なエネルギッシュで奇矯(ききょう)な風貌です。みなさんはもっと優しく飄逸(ひょういつ)な、あるいは天真爛漫で童子のような面立ちを期待していたのではないでしょうか。

寒山に相応しい線とは、平滑になった料紙の平面に始めて流麗に現れたのです。それと、もう一つ、これは写真では捉えられないものですが、墨の色合いが変わりました。汚れでなんとなく茶色っぽかった墨は汚れを取ったお陰で黒い澄んだ墨色を取り戻しました。

これらが、修理でこの絵をの姿を取り戻したものです。こうして初めて、実はこの絵の表現本来の姿が修理前よりもハッキリと現れたのです。修理はこの文化財の本来あるべき姿を取り戻したといって良いと思います。

 

参考文献 文化財の保存と修復より

 

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