古びた趣、古色は人の思いが作り上げてきた伝統的な価値と言えます。伝統的価値とは、真性であるかどうかを判断することはできません。そもそも生い立ちが異なるものであって、真性が否かというようなものではないのです。ただ、それを価値あるモノと強く思う人々による称賛だと言えます。しかし、伝統はそれ故に、やがて人々がそう思わなくなれた消えるでしょう。ところが、それが消え去り、失われると気づかれた時、強い思いとともに回帰してくることも有るでしょう。
伝統というものはいつも不思議なもので、気付いた時には失われたものとして意識され、つぎにありつづけた確かなものとして意識されます。それは実は繰り返し起こっていることであるようです。長い時間を経て、大事に伝えられてきたものには、伝えてきた人々の思いがこもっています。そうした伝統的な価値観は、文化財の真正性とは別の生い立ちを持つ価値観で、絶えず変化してゆくであろうと思われます
しかし、それは無碍(むげ)に退けるわけには行かない。文化財のよっては、そうした伝統的価値のほうが、制作当初の表現の占める価値よりも大きく重要なものである場合もあるからです。すべての文化財は多かれ少なかれ、制作当初に生み出された要素と、後世に獲得していった要素から成り立っています。そのことをよく理解して、頭のなかで整理しておく事により、伝統的価値をどれだけ遺すかの判断はより正確になるでしょう。
あちらが立場こちらが立たないという関係に真正性と伝統とがある時、一つ一つの絵をよく見つめて、失うものと、後世に遺すべきものを、修理が終了するまでの時間の中で決断しなければならないのが文化財の修理です。
参考文献 文化財の保存と修復より